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勝ち栗は古くから作られている加工品で、貯蔵しておいて随時取り出して 料理やお菓子・栗粉の製造等に用いられています。 原料の栗には野生の柴栗が多く用いられて、岩手県・長野県・宮崎県 などがかつての主要生産地でそれに次ぐのが山梨県でした。 江戸時代、甲府勤番の松平定能は「甲斐国史」の中で次のように 述べています。 勝栗は蒸して皮を去り、木盤にのせ上下に竹皮を籍きて小槌をもって 打平らめ薄く円にならしむ。 大きさ小児の掌の如し、乾して十枚を緊め把と為し、十把と一筐となし 五把を半筐となす。 或いは兼大なる筐あり似て四方に售し、本州の名産とす。 この製法は普通の乾栗(かちくり)とは異なった製法であったようです。 乾栗の製法に「搗栗=つき栗」があります。 これがいわゆる「かちぐり」の製法とおもわれます。
搗栗は灰汁に浸すこと一夕(灰汁は稲藁を焼いて灰となす) 日に乾して、搗きて皮を去る。その形全くして毀れざるを 善とす。 と記述されています。 当時の生産量の多少はともかく、かちグリの名声をもっていたのは やはり武田信玄以来の伝統のあった山梨県松里グリで、 打栗・搗栗は徳川時代は幕府へ、明治時代は宮内省へ献上し、 献上栗として名高いものであります。 |
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