栗が登場する昔話
弘法栗  ー山梨県・八ヶ岳ー

  むかしむかし・・・八ヶ岳・清里村の小倉池でこどもが集まり、

  大きな栗の木の下で栗の実を拾っていました。

  するとそこへ一人のお坊さんが通りかかりました。

  お坊さんはこどもたちが栗の実をかんたんに採れるようにと

  低い木に実がなるようにしてその場を立ち去りました。

  その後、ここには高さ二、三尺(60〜100cm)にして

  栗がみごとに実るようになりました。

  お坊さんは弘法大師といわれる偉いお坊さんであったため、

  称して「弘法栗」といわれるようになったとされています。

よくばりじいさんと栗のいが  ー神奈川県横浜市・瀬谷ー

  むかし、あるところによくばりなおじいさんがいました。

  村の人々はこのおじいさんのよくばりには、手をかなりやいていました。

  田んぼの稲の穂がそろそろ出はじめようとする頃、おじいさんの家の前で

  野良帰りの村の衆が大声でこんな立ち話をしていました。

  「おらあ、隣村の若い衆に聞いたんだが、穂肥にゃあ、あそこの山の

  栗のいががうんとええんだとよ。」

  「ほーそうか、じゃあわしのところでもあの山の栗さ取ってきて、

  まくべえや。」

  この話を聞いては、じいさん捨てておくわけがありません。

  「しめしめ、こいつは耳よりの話だ。そんなにいい肥やしなら、

  誰が他人に渡すもんか、おらんとこの田んぼにどっさりとおんまけりゃ、

  うんと稲がほきるにちげえねえだ。」

  おじいさんは夜があけるのを待ちかねて、大八車に大きな竹かごを

  積み込んで山へ大急ぎで入りました。

  「ほおー、こりゃあどっさりあるわ、たくさんとって・・・」

  にんまり一人ごとを言いながら、手当たり次第、まだ青い栗のいがまで

  一つ残さずかごに積み込み、我が家の田んぼに全部まいて、そしらぬ

  顔をして暮らしていました。

  さて、それから一月あまりが過ぎました。

  田んぼは見渡す限り黄金色にうめつくされて、風に波打ち、待ちかねた

  収穫の時がやってきました。

  おじいさんの田んぼは、心なしかよその田んぼよりも稲穂が重そうに

  見えました。

  「さあーて・・・」と喜び勇んで稲刈りにきたおじいさんは、田んぼに

  片足をふみこんだとたん「あいててー、ほーいてーよー」と大声だして

  飛び上がりました。あの時そっとまいておいた栗のいがが稲の茂みで

  見えなくなっていたのです。

  あまりの痛さに田んぼから飛び出して尻もちをついたおじいさんの

  足の裏は針ねずみのようになっていたというわけです。

  これにこりたおじいさんはそれからというもの、村の人たちに決して

  欲深いまねやいじわるをしなくなったといわれています。

  いうまでもなく栗のいがは、生では肥しとしては何の役にも立たないのです。

  焼いて灰にしてから追肥にするのだということを村の衆はわざと言わなかった

  のです。

  

三度栗  ー静岡県・小笠郡菊川町ー

  むかしむかし、秋のある日小笠郡菊川町の三沢の村に弘法大師がこられました。

  その時村の子供たち4,5人が山で拾ってきた栗の実をおいしそうに食べていました。

  弘法大師はそれを見ると「私にもひとつくれませんか」と言いました。

  村の子供たちは素直に「はい、どうぞ。」と大師さま掌の上にごろごろっと

  のせてあげました。

  「これはこれは、なんとよい子たちだ・・・」と大師さまは一緒になって

  おいしそうに栗の実を食べてから、「このお礼にはこれからこの村に栗の実が

  一年に三度実るようにしてあげましょう。」といって子供たちの頭を撫でて

  行ってしまわれました。

  その後この三沢の村には一年に三度栗が実るようになったといわれています。

  今でも「三度栗」は遠州の七不思議の一つに数えられています。

三度栗  ー岡山県・勝山町ー

  むかしむかし・・・この村で小さな子供が食べるものがなくて、

  お腹を空かして泣いていました。

  そこへ弘法大師が通りかかりました。弘法大師は子供のために湧き水を

  こしらえてあげました。

  その小さな子供のまま親が、食べるものがなくても子供が痩せもしないし、

  元気なので不思議におもいました。

  子供の飲んでいる水を飲んでみるとそれはとても美味しいお酒でした。

  まま親はその泉で足を洗ってしまいました。それ以来おいしいお酒は

  わいてこなくなりました。

  それから数年が経ち再び弘法大師がこの地に立ち寄りました。泉がかれて

  しまった事情をお大師さまは知り、子供がお腹を空かさないように今度は

  年に三回実をつける栗を土地に残し、去っていきました。

  現在でもこの地には5月・7月・9月に三回イガをだす不思議な芝栗が

  あるといわれています。

大火たき  ー徳島県・三好町ー

  徳島県の三好町、東山というところは昔から将棋が盛んで、

  将棋のかけで財産をなくした人もあるといわれるほど・・・・。

  昔、下地の島左衛門という者がいました。

  島左衛門が若い頃、将棋をさしていました。気がつくと

  既に夜中の12時をまわっていました。

  急いで家に帰っていくと、途中、二本栗がよくみえるせんじょの

  岡まで来た時、二本栗の家々が火につつまれ真っ赤になっていました。

  大変だ・・・火事だと思い大声を出そうとしましたが、声がでません。

  よーく見ると二本栗の家々が火の中に浮かんで見えるのです。

  「これはおかしいぞ、さては大火たきの仕業だな・・・」

  島左衛門は腰をすえ、一服して心を落ち着かせました。

  すると今まで赤々と燃えていた大火は消えてしまい、近くで

  ゴソゴソと動く音がしましたが何もありません。

  あの時、あわてていたらきっと狸にばかされていたにちがいないと

  島左衛門は思い、それ以降あまり遅くまで将棋をささなくなったと

  いわれています。

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