−晴明神社ー
晴明神社
今や超人気神社として脚光を浴びている晴明神社。来年のご鎮座千年の記念にあわせ境内もきれいに整えられ一層の風格がでてきました。

平安中期の陰陽博士安倍晴明を主神とし、倉稲魂命を合祀しています。

社伝では1007年一条天皇の勅旨により晴明邸跡に創建されたとしています。境内には晴明の念持力で湧きだしたという晴明水があり、これを飲むと悪病難病が平癒すると伝えられています。

星形のマークは晴明桔梗紋ともいわれる五芒星で魔除けとされています。

子供に命名してもらったり色んなことを占ってもらったりと地元の人が足を運んでいるのに加え「陰陽師」ファンの若い人たちが全国からやってきています。

また晴明の念持仏であった不動明王は真如堂(左京区)に安置されています。晴明が病で倒れた時閻魔王のところへこの不動明王が晴明を生かしてくれるよう頼みにいき晴明を窮地から救ったという伝説があります。この不動明王は毎年11月15日のみ真如堂で開帳されています。

堀川通からの眺め
現在は境内を整備中
境内拝観自由
−一条戻り橋ー
平安京の一条大路を踏襲する一条通が通じていますがその位置は比較的正確に平安京一条の位置を今に伝えています。

安倍晴明が橋占をしたり、式神をこの橋の下に隠していたり、渡辺綱と鬼女の話、豊臣秀吉による千利休の木像の磔けなど奇妙な伝説がたくさんあります。

かつては死刑囚はここから市中曵き回しの上、ここに戻り斬首されたといわれています。

数年前、老朽化につき改築されたときに橋桁から封印された式神が発見されて話題になったりもしました。

京都では花嫁が嫁ぐ際にこの橋は絶対に通らないという風習もあります。

一条戻り橋
−西陣界隈ー
西陣の位置を示す石碑
西陣という地名は、応仁の乱の時、東軍の細川勝元方が花の御所に拠ったのに対し、西軍の山名宗全方が堀川通上立売下ルの山名邸を本陣としたことにちなんでいます。

その後大舎人座の機業家が西陣地区に集住し、西陣機業が発展しました。

最近では古い町家を再生利用したお洒落なお店が点在しています。西陣の古きよき町並みをゆっくり歩きながら感じることができます。

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