この地は明治維新まで蹴鞠・和歌の宗家として知られる飛鳥井家の邸があり、蹴鞠道の神、精大明神を祀る同家の鎮守社は、現在は境内の末社のひとつとなっています。
サッカーをはじめ球技全般の上達にご利益があるといわれていて、サッカー選手やサッカーファンを集めて賑わっています。
寺ノ内通からの眺め
寺名は華林宮寄進の観音像が伊勢二見ケ浦で漁網にかかった時両手にもっていた宝鏡によるといわれています。
光格天皇の遺愛の品をはじめ数多くの人形を所蔵していることから人形寺とも呼ばれ、春・秋の人形展では数百体が公開されます。また10月14日は人形供養が催されます。
お堂は春・秋の人形展のときのみ公開
入場料 600円
仁王門
不受布施を主張した日親は「立正治国論」を著わし足利義教に献じたが怒りにふれ投獄、以後獄中で知り合った本阿弥清信は日親に帰依し、本法寺を本阿弥家代々の菩提所としました。
書院前の庭園は三つ巴の庭とよばれ、本阿弥光悦の作といわれています。他にも光悦遺愛の長方形の手水鉢などがあります。
また長谷川等伯筆の巨大な紙本著色仏涅槃図があります。